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冬のハーモニー

  • tyamasaki82
  • 9月18日
  • 読了時間: 2分

今から十数年も前のことだろうか。広島の街に冬の気配が濃くなり始めた頃、私はある光景を目にした。大通りから一本入った通りに、一台のオートバイが静かに停められていた。その隣に、年季の入ったトレンチコートを着た年配の男性が腰を下ろし、じっと目を閉じている。その姿は決して華やかではなかったが、彼の醸し出す穏やかな雰囲気に不思議と調和していた。

彼が構えるのは金属製の吹奏楽器、おそらくホルンであろう。それは、冬の冷たい空気に溶け込み、聞く者の心を温めるような優しい響きであった。しかし、その音色にはどこか悲哀の色も含まれており、人の心を深く揺さぶるものであった。それは決して自己を表現しようとする演奏ではなく、ただそこに静かに寄り添うような音楽であった。

彼の奏でる音色に、私はもちろん、一人の若い女性がその場に立ち止まり、やがてそっとしゃがみ込み、じっと耳を傾けていた。その姿は、まるで冬の静謐な風景の一部であるかのように思えた。あの優しい音色は、私だけでなく、多くの見知らぬ人々の心に、静かな波紋を広げたに違いない。音楽が人の人生を大きく変えることがあるとすれば、あの時の彼の演奏は、知らぬ間に誰かの心の奥深くに残り、その後の生き方に影響を与えたのかもしれない。

それから月日は流れ、再びオートバイに跨るようになった今、あの日の光景を思い返すたびに、楽器とオートバイという二つの世界が、自分の中で共鳴しているのを感じる。重たい楽器を背負い、風を切って走ることは、現実的には困難が伴うであろう。しかし、それでもなお、その姿は私にとって抗いがたい憧憬の対象である。年季の入ったオートバイと、人生の年輪を感じさせる老人の姿。その二つが織りなす静かなハーモニーは、私にとって、理想の歳月の重ね方を示しているように思えた。

オートバイという乗り物は、常に危険と隣り合わせである。しかし、それと引き換えに、他の何物にも代えがたい素晴らしい風景や体験を与えてくれる。それは、スピードや排気量の大きさだけでは決して語れない、静かで豊かな時間や人生の風景を運んでくれる。あの時の彼もまた、そんな旅を続けてきたのだろう。

楽器とオートバイ。この二つの旅を、これからもぼちぼちと続けていきたい。そう、心に誓うのである。

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